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福岡高等裁判所 昭和53年(行コ)5号 判決 1978年6月29日

控訴人 鶴清一

被控訴人 飯塚税務署長

訴訟代理人 武田正彦 中村程寧 ほか四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が、控訴人の昭和四八年分所得税につき、昭和五〇年三月一七日付でなした更正処分を取り消す。」旨の判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用、認否は、次に補い、附加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

一  控訴代理人の陳述

所得税法基本通達三三-九、三六-一二の但し書きの「契約の効力発生の日」とは、売買契約により買主に代金の全部若しくは一部につき支払義務が発生した日をいうものであり、その日を租税特別措置法にいう土地等の「取得の日」として申告することも認められていると解すべきである。

二  被控訴代理人の陳述

控訴人の右主張は争う。

三  証拠関係<省略>

理由

一  当裁判所も控訴人の本訴請求を失当として棄却すべきものと判断する。その事実認定及びこれに伴う判断は、原判決七枚目-記録一四丁-表六行目から七行目にかけて「解すべきであり、」とある次に、「また、所得税法基本通達三三-九、三六-一二は、所得税法の特例として個人の有する土地若しくは土地の上に存する権利(土地等)の譲渡所得につき分離課税の特例を定めた租税特別措置法に関するものであつて、当該譲渡がさきに取得した土地等の譲渡である場合さきの取得が基準時前であるときには長期譲渡所得課税の特例を定め(三一条一項)、さきの取得が基準時以後であるときには短期譲渡所得課税の特例を定め(三二条一項)た同法の規定の解釈運用に関するものであり、したがつて、さきの取得は有償たると無償たるとを問わずひろく一般の譲り受けを包含し、有償取得に限られるものではないから、同通達但し書きの「契約の効力発生の日」とは、譲受契約により当該資産につき所有権移転の効力が発生した日を指すことは明らかであり、控訴人主張のように譲受人の代金支払義務発生の日と解する余地はない。しかして、」と加えるほか、原判決の理由として説示するところ(原判決六枚目-記録一三丁-表五行目から同七枚目-記録一四丁-裏七行目「棄却し、」まで)と同一であるからこれを引用する(但し、原判決七枚目-記録一四丁-裏七行目に「理由がないのでこれを棄却し、」とあるのを「失当として棄却すべきである。」と改める。)。

二  よつて、控訴人の本訴請求を排斥した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条一項に従いこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 園部秀信 森永龍彦 土屋重雄)

【参考】第一審判決

(大阪地裁昭和五二年(行ウ)第一二号昭和五三年一月二日判決)

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告が原告の昭和四八年分所得税につき昭和五〇年三月一七日付でなした更正処分を取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二 請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一 請求の原因

1 原告はその昭和四八年分所得につき被告に対し所得額三二九四万一〇〇〇円、税額四九四万一一〇〇円として確定申告したところ、被告は昭和五〇年三月一七日付で所得額を三五六二万八〇〇〇円、課税額を一九六三万八〇〇〇円と更正し重加算税四四〇万八八〇〇円を賦課する処分をした。

原告は右更正処分等に対し異議申立てをしたが、昭和五〇年八月六日付で異議申立棄却の決定がされたので、福岡国税不服審判所長に審査請求をしたところ、昭和五二年一月二七日付で裁決がなされ、重加算税賦課処分は取り消されたものの、更正処分に対する審査請求は棄却され、右裁決書謄本は同年二月三日原告に送達された。

2 本件更正処分は次の点において違法である。即ち、原告は昭和四八年一〇月一五日別紙目録記載(一)、(二)の土地を訴外株式会社福岡金子組に売却したが、右(一)の土地は訴外角忠太から、(二)の土地は訴外江頭晋策からいずれも昭和四三年九月一一日に買い受けたのであるから、右各土地の譲渡による所得については租税特別措置法三一条一項(長期譲渡所得)の規定が適用されるのにかかわらず、被告はこれを否認し、同法三二条一項(短期譲渡所得)の規定を適用して課税額を計算したものである。

被告は、原告と訴外角及び同江頭との間の本件土地売買契約は第三者所有物件についてなされたものであるから、右各訴外人が前主から所有権を取得した日が原告の所有権取得の日であると主張する。

なるほど、右各規定にいう「取得の日」を所有権移転の日又は物件引渡の日と解すれば被告主張の結果となることも考えられるが、所得税法の解釈においては「取得の日」は引渡の日を原則とするけれども売買契約の効力発生の日を「取得の日」として申告することも認められている(所得税法基本通達三三-九、三六-一二参照)のであつて、このことは租税特別措置法にも適用されるべきである。

しかるところ、原告と訴外角、同江頭との間の本件土地売買契約は昭和四三年九月一一日手付金の授受によつて成立したことが明らかであつて、その当時右訴外人らがその前主から所有権の移転を受けていなかつたとしても、右売買契約の効力発生に影響を及ぼすものではない。殊に、その当時既に右訴外人らは前所有者たる訴外西日本鉄道株式会社に買受保証金を支払つて買受人としての地位を取得しており、同月一二日には正式の売買契約を結んで内金まで支払つているのであるから、単なる第三者所有物の売買とは事情を異にする。

よつて、原告が本件土地の取得の日を昭和四三年九月一一日と判断し、長期譲渡所得に該当するとして確定申告をしたのは正当であり、本件更正処分は違法であるから、その取消しを求める。なお、原告は、右に述べた点を除くのほか、被告が本件更正処分をするにつきなした認定、判断については、これを争うものではない。

二 請求原因に対する認否及び被告の主張

1 請求原因1項は認める。同2項は、本件土地の取得の日が昭和四三年九月一一日であるとの主張を争い、その余は認める。

2 原告の昭和四八年分所得税の確定申告、更正処分及び裁決の内容は次のとおりである。

(1) 所得税の確定申告、更正及び裁決

番号

区分

確定申告額(円)

更正額(円)

裁決額(被告主張額)(円)

<1>

営業所得

三三二、五四九

同上

同上

<2>

総所得

三三二、五四九

同上

同上

<3>

分離長期譲渡所得

三三、三九五、〇〇〇

同上

<4>

分離短期譲渡所得

三六、〇八一、九五九

三六、八三四、一九八

<5>

社会保険料控除

二三、七九〇

同上

同上

<6>

生命保険料控除

三七、五〇〇

同上

同上

<7>

配偶者控除

二〇七、五〇〇

同上

同上

<8>

扶養控除

三一〇、〇〇〇

同上

同上

<9>

基礎控除

二〇七、五〇〇

同上

同上

<10>

所得控除合計

七八六、二九〇

同上

同上

<11>

課税総所得

同上

同上

<12>

課税分離長期譲渡所得

三二、九四一、〇〇〇

同上

<13>

課税分離短期譲渡所得

三五、六二八、〇〇〇

三六、三八〇、〇〇〇

<14>

算出税額

四、九四一、一五〇

一九、六三八、〇八〇

二〇、一三四、四〇〇

<15>

税額控除

<16>

申告納税額

四、九四一、一〇〇

一九、六三八、〇〇〇

二〇、一三四、四〇〇

(2) 譲渡所得についての申告、更正及び裁決の明細

番号

区分

確定申告額(円)

更正額(円)

裁決額(被告主張額)(円)

<1>

譲渡価額

四二、〇〇〇、〇〇〇

同上

同上

<2>

取得費用

六、八〇〇、〇〇〇

四、八四四、五一〇

四、〇九二、二七一

<3>

仲介手数料

八〇五、〇〇〇

八〇五、〇〇〇

同上

<4>

登記料

一三六、五八二

同上

<5>

雑費

五〇、〇〇〇

同上

<6>

不動産取得税

八一、九四九

同上

<7>

譲渡原価合計

七、六〇五、〇〇〇

五、九一八、〇四一

五、一六五、八〇二

<8>

長期譲渡所得特別控除額

一、〇〇〇、〇〇〇

<9>

差引所得金額

三三、三九五、〇〇〇

三六、〇八一、九五九

三六、八三四、一九八

3 本件所得税に関し適用される租税特別措置法(昭和四八年法律一六号改正)によれば、長期譲渡所得の課税の特例については当該譲渡が昭和四四年一月一日前に取得した土地等の譲渡であることが要件とされており(同法三一条一項)、昭和四四年一月一日以後に取得した土地等の譲渡については短期譲渡所得の課税の特例が定められている(同法三二条一項)。

原告が本件土地を取得したと主張する昭和四三年九月一一日には本件土地の原告への売主である訴外角、同江頭の両名は未だ本件土地の所有権を取得していなかつた。即ち、右両名と訴外西日本鉄道株式会社との間に本件土地の売買契約が締結されたのは昭和四三年九月一二日であるが、右契約においては、売買代金受領後引渡しまでは売主において売買物件の所有権を留保する旨の特約が付されていたところ、代金の授受と物件の引渡しがなされたのは昭和四四年三月六日である。したがつて、原告は右同日までは本件土地の所有権を取得しなかつたことが明らかであつて、被告が本件譲渡物件の取得の日を右同日と認定し、租税特別措置法三二条一項の短期譲渡に該当するとしてなした本件更正処分には何らの違法はない。

第三証拠<省略>

理由

請求原因事実及び被告の主張事実は、原告が本件土地を取得したのが何時であるかとの点を除き、当事者間に争いがない。

そこで、右の点について考えるに、<証拠省略>を総合すると、本件土地は訴外西日本鉄道株式会社が開発した分譲宅地であるところ、不動産業を営む訴外角忠太、同江頭晋策の両名は右土地(角は別紙目録(一)の土地、江頭は(二)の土地)の分譲を申し込んで昭和四三年七月二三日右訴外会社に証拠金を払い込む一方、その頃原告に対し本件土地の転買を勧め、これを承諾した原告との間に同年九月一一日売買契約が成立し、原告は右両名に対し手付金八〇万円を支払い、更に同月一五日代金の内金七〇万円を支払つたこと、ところで、西日本鉄道株式会社と角及び江頭との間においては同月一二日に本件土地の売買契約が締結され、角及び江頭は同日右訴外会社に手付金及び代金の内金を支払つたが、右契約においては、本件土地の所有権は売買代金完済のときまで売主たる右訴外会社に留保し、代金完済後一〇日以内にその引渡しをする旨約定されていたこと、角、江頭の両名は翌昭和四四年三月六日右訴外会社に対する代金の支払を完了し、その頃原告も右両名に対し本件土地売買代金の支払を了したことが認められ、これに反する証拠はない。

ところで、土地等の譲渡所得につき分離課税の特例を定めた租税特別措置法の被告挙示の各規定によれば、当該譲渡にかかる土地を取得したのが昭和四四年一月一日以後であるときは短期譲渡所得、その前であるときは長期譲渡所得として、控除額等に関しそれぞれ異なる取扱いを受けるのであるが、ここで〔編注:控訴審において認容された判示部分〕土地等の「取得の日」とはその所有権を取得した日をいうものと解すべきであり、所有権取得の時期が何時であるかは民法の一般原則に従つて定められるべきものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前認定のとおり、原告は西日本鉄道株式会祉所有の本件土地を角、江頭の両名から転売を受けたものであるところ、右両名が本件土地の所有権を取得したのは昭和四四年三月六日なのであるから、原告が同年一月一日前に本件土地の所有権を取得したとする余地はないというべきであり、原告が昭和四三年九月中に右両名との間に本件土地の売買契約を締結し、手付金及び代金内金を支払つていたからといつて、その時点で原告が本件土地の所有権を取得したことになるものではない。

そうすると、原告の本件土地取得の日を昭和四四年一月一日以後と認定してなされた本件更正処分には原告主張の違法のかどはなく、適法であるといわなければならない。

よつて、原告の本件請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決す。

(裁判官 南薪吾 小川良昭 辻次郎)

別紙目録<省略>

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